ピクトグラムデザイナーの詩*
最初のピクトグラム 「ピクトグラム」"pictogram, pictograph"は「絵文字」「絵単語」などと言われます。 ピクトグラムの起源を辿ると、人類最初の絵として知られるフランスのラスコーやスペインのアルタミラに代表される洞窟壁画に行きつきます。もしかしたら、現代人の祖先であるホモ・サピエンスは、進化の過程で枝分かれしたネアンデルタール人と壁画を通じてコミュニケーションをとったかも?*しれません。 少なくとも、太陽や牛などの壁画はそこにない物を表し、祈りや呪術の際には共に暮らす人々皆に共通の記憶を呼び起すための印(サイン)として働いていたわけです。 よく知られているように、こうした壁画や絵は象形文字*を生み出し、時を経て表意文字へ進化しました。一方、永い間人目に触れることのなかった壁画は、あたかもコミュニケーションの道具=「ピクトグラム」として現代に蘇えったように感じられます。 ● ● ●
日本における家紋のように、 このようなデザイン技法は様々な時代と場面で使われてきましたが、初めて体系的に利用したのは絵文字のパイオニアといわれるオットー・ノイラート(Otto Neurath)*です。彼はウィーンの展示館の運営のために一般の市民にも分かりやすいアイソタイプ"ISOTYPE"と呼ばれる絵文字体系を作り出しました。
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案内用サインの歴史
当時、全ての競技をシンボライズした斬新なピクトグラムに心魅かれた人は多かったのではないでしょうか。
1998年 長野オリンピック競技サイン また、個性的で斬新なデザインも多くなってきました。 長野オリンピック(1998)の流線型の競技サインは一例です。グラフィックデザインとしては美しくカッコ良いのですが、知的にハンディのある人には絵解きの必要もあるかもしれず、UD(Universal Desgin)という視点からは誰もが受け入れられるサインとは言えないようです。 *2020年の東京オリンピックのピクトグラムはこちら。 当サイトはJIS絵記号(2005)とそれに準拠したピクトグラムを紹介しています。「絵記号 Pictorial Symbol」に対して「図記号 Graphical Symbol」と呼ばれるのが誰もが知る空港や駅のサインとして使われている標準案内用図記号です。これは2001年にJIS化されました。いわば二つは兄弟でありJIS絵記号は弟分です。しかし、 JIS絵記号の元になったPICシンボルのページで述べているようにデザインの在り方は若干違っています。 ● ● ●
優れたピクトグラムは「主張しない」「訴えない」ことから生まれます。街角の広告や看板、企業のCIシンボルのようにアピールしないことが重要です。、目立つのではなく逆に、普段は気にされないような存在が望まれます。必要な時に自然と目に入ってくるのが優れたピクトグラムと言えます。「可愛いさ」や「カッコよさ」を排除して、見た人の感情を動かさない情報的なデザイン(informative design)が求められます。 それは文字そのものが主張をしないことと同じことです。しかしながら、ピクトグラムも絵ですので完全に情緒や感情との結びつきを払拭はできません。従って、デザインナーは意識的して制作の原点に「主張しない」という点を置かなければなりません。このことは繰り返して強調されるべき重要な点です。 用を足したくなって我慢できないときに、それまで気にもとめなかった「男女」のサインが俄然として目に飛び込んできたという体験は誰にでもあるでしょう。 普段は見過ごすような、目立ったデザインでないからこそ場に応じた機能を発揮すると考えられます。これはヒトという生体・動物にとって重要な情報が常に優先して入ってくる仕組みがあるからと考えられます。 我慢できない!トイレはどこ? |
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●最新の図記号を概観できる本です↓
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ピクトグラムの構造とデザイン
誰もが知るピクトグラムの代表のような「非常口」のサインです。このサインは熊本市のデパート火災が契機となって作られました。それまでの文字(漢字で「非常口」)の表示が不適切とされたのです。公募デザインを元に太田幸夫氏によって完成されました。人の形、地と図の空間バランスなど、あらゆる点でピクトグラムのお手本といえます。* ピクトグラムの心理的な三次元構造 * また、四角という形の地は背景、キャンバスとしてのみならず、形そのもが人工的なため絵記号としての存在を規定します。黒色はいわば闇(やみ)であって、その深淵から形が切り出されます。黒い闇は、何があるか分からないからこそ、何かが生まれる所として最適とも言えます。 |
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サインやアイコンとの融合 絵の原型であり空気のような存在のピクトグラムは、上記のような特性ゆえにさまざまな利用の目的に適います。これまでは標準案内図記号など、駅や空港など公共施設の案内用サインとして認知されてきましたが、すでにホームページやソフトウェアのアイコン、機器・機械のマニュアル、各種イベントでの利用、UD(Universal Design)や情報デザインの分野への利用も広がっています。 下記は全てではありませんがJIS絵記号に基づいてデザインされたピクトグラムのサイン、アイコン利用例です。一部をご覧ください。 ■イベント等のサイン: 国際こども図書館(イベント展示利用) 「読書の楽しみをすべての子どもたちに」 ■消防署内のサイン(施設内利用) 仮眠室 無線室 (c)Office Slowlife
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さらにピクトグラムは、色や加工技術を用いて高い情報性を保ったままでのアイコン利用ができます。使用色がその物がもつ元来の色であれば、認知支援としては2色よりも利用場面によっては効果があるでしょう。また、一度学習すればある程度縮小しても理解が可能となります。下のアイコンは当サイトのシンボルを元に作ったアイコンです。 Windowsのアイコン風に「クール」に (「時計」302016 「Tシャツ」303013 「救急車」401012) 加工をしてもギリギリ理解可能? (「家族」110003) デザインの単純化
単純化のレベルと指標
双方向コミュニケーションへの応用 そして今、新しい次元へステップアップする時代がやってきました。これまでの単体での役割から、複数のピクトグラムを使ってのコミュニケ ーション・システムへの利用です。ある意味それはピクトグラムが脇役から主役へシフトする時代とも言えます。 サインとしての一方向のコミュニケーションから、双方向のコミュニケーションシステムへの進化です。ピクトグラムに、言語とは異なる、またそれを超えたユニバーサルなコミュニケーション手段になる可能性があることを感じ取って頂ければ幸いです。 言語にハンディキャップのある人のコミュニケーション手段として、また異文化コミュニケーション、例えば外国でお医者さんに診てもらいたい時に指し示す絵単語として利用ができます。多くの先進国では、ハンディキャップのある人々は社会参加を求めまています。また、世界中で人の行き来とやり取りが増すにつれ、このようなコミュニケーション手段が求められる時代となってきました。 1960年代からは「ノーマライゼーション」、また近年のハンディのある人を社会で包み込むという理念を表した「インクルージョン」という言葉に代表されるように、世界はあらゆる点でハンディのある人と健常者の別を無くす方向に向かっています。UD(Univearsal Design)も同様の理念に立ちますが、これらの取り組みの中で、ピクトグラムはコミュニケーション支援という点で理想的だとと考えます。
そのような目的で、当オフィスの林と(株)高知デジタスタジオさんによって日本で最初に作られたピクトグラムの例です。 日本版PICシンボル(1998) *
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ネットが大きな情報交換ツールとして進化した今、もはやピクトグラムでの人工言語も夢ではないでしょう。下記は当オフィスの代表、林が2010年にその可能性について発表したたものです。
「ピクトグラムを利用した視覚シンボルコミュニケーションシステムの提言」
(2010年 第3回国際ユニヴァーサルデザイン会議発表ポスター) ● ● ● また新しい試みとしては動画があります。場面の理解、知的障害をもつ人の動詞の概念学習などさまざまな利用方法が考えられます。
シンボル研究のための実験的な試みですが、ピクトグラムデザインをベースに発展させたアニメーションで手話(「聞く」)の動きを表現してみました。より記号的なピクトグラムですね。腕と手を白で、身体の輪郭をグレイ線にして、主と背景のように分けて理解し易くしました。 ● ● ●
いかがでしたでしょうか、楽しんで頂けたでしょうか。ピクトグラムの可能性について少しでも理解共感して頂けたら幸いです。 ▼FaceBookページではピクトグラムや人工言語についてのアイディアなどさらに詳しい記事がご覧いただけます。 |
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