このページでは現在までの代表的なコミュニケーションシンボルを紹介し、それらと比較したPICシンボル*の特徴などについて述べます。何故、PICシンボルが視覚コミュニケーション用のシンボルとして適しているか説明します。





視覚コミュニケーションのシンボル
 
 ブリスシンボルに始まって、マカトン、PCS、サウンズ&シンボルズなど、PICシンボル以外でも言語障害児・者のためのコミュニケーション用シンボルはこれまでに幾つか開発されてきました。


 ブリスシンボルは、「ピクトグラムについて」のぺージで紹介したオットーノイラートの研究所に居たC.K.ブリス (1897-1985)が第一次大戦中に中国の漢字を知って作り出した視覚言語です。そのためか具象性が低く対象をイメージできにくいシンボルです。ブリスは、言語の違いが戦争を引き起こすと考えて「世界共通の言語」を作りました。思いは叶いませんでしたが、その思想は言語障害の分野で生かされてきました。




 マカトン*は英国で生まれた言語障害児のためのトータルコミュニケーションの視点に立った指導法で、音声言語、身体サインと上のような線画のシンボル(マカトンシンボル)を同時に使います。日本では旭日出養護学校が導入し教育効果をあげてきました。




 PCS*はアメリカで生まれ、日本でも利用者の多いシンボルです。語彙も豊富でパソコン用ソフトもあり、ある程度日本の文化に合わせた語彙・シンボルも作られています。 強いて言えば、アメリカンコミック的な絵がどの程度他の文化圏に受け入れられるかという点があります。



● ● ●


 言語障害用以外にもシンボルコミュニケーションシステムと呼べるものがあります。


トンパ文字「わたし」      トンパ文字「カップル」


  たとえば、トンパ文字があります(上)。世界最後の象形文字といわれるトンパ文字はその具象性からは絵文字と言ってもよいでしょう。漢字になりきれなかったシンボルといえるかもしれません。左が「わたし」(顔を指差してます)右が「カップル」です。可愛いですね。


ロコス

  また、1960年、もう半世紀以上前に日本で太田幸夫によってロコス(LoCos)という画期的なシステムが作られています。 このLoCosには、失語症者への利用研究もあり、その実用性が確認されました。



● ● ●




 近年のスマートフォンやタブレット端末の急速な技術進歩に伴って、AAC(Augmentative and Alternative Communication=拡大・代替コミュニケーション)の普及にも拍車がかかっています。新しいシンボルも出てきました。自閉症児のためのアメリカ発のVoice4u、日本ではDropシンボルなどが人気があります。



          

      Voice4u         Dropシンボル
                

● ● ●


 広く社会で使われることを前提にすれば、コミュニケーションシンボルのデザインとして大切なことはUD(Universal Design)であり「公共」の思想ではないでしょうか。デザイナーの個性や国、地域の文化性が濃くなれば全ての人のためとは行きません。また、子供には、3頭身など可愛くネオテニー化した「子供用」シンボル、逆に大人用だから記号的なシンボルということではなく、バランスのとれた最大公約数的なシンボルがやはり良いと思うのです。

  子供もやがて大人になります。長い目で見れば、指導者側や使ってもらいたいデザイナー側の思いを込めたシンボルでなく、将来に渡って使えるシンボルが良いはずです。ピクトグラム=PICシンボルは、他のシンボルに比べて地味ですが、文字がそうであるように、シンボル自体に選り好みの感情を起こさせないシンボルと言えます。できるだけ純粋に意味の担い手であることを目指しているからです。


*PICシンボル :
Maharaji C.S(マハラジ)氏が開発したPictogram Ideogram Communication で使われてきたピクトグラム。当オフィスのシンボルはそれを元にしたJIS絵記準拠のPICシンボル。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*マカトン:「マカトン・シンボル(学校編)」日本マカトン協会 旭出学園研究所  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*PCS: 「PCSガイド」アクセスインターナショナル

 

 

 

 

* トンパ文字:
中国雲南省に住んでいるナシ(納西)族で約1000年前から使われ続けている世界でたったひとつの生きている象形文字。「トンパ文字」(マール社)。


 

 

*ロコス「LoCos」:Lovers Communication System1960太田幸夫が考案した視覚言語システム。「ピクトグラム[絵文字]デザイン」太田幸夫 柏書房

 

*失語症者への利用研究:「重度失語症における「絵言葉」学習-LoCoSによるvisual communication therapyの試み-」浅野紀美子、他(失語症研究Vol.8No.4;267-273,1988.12)


他、「重度失語症者の「絵記号」表出能力」林 耕司、音声言語医学(21:224-230,1980)など。








*・・・失語症の分野でも研究:「拡大代替コミュニケーション」(学苑社) 事例9-11



 


ピクトグラムからPICシンボルへ

 コミュニケーションを目的とした時、シンボルに正しいシンボル、間違ったシンボルというものはありません。しかし、上記のように、社会性などの目的に照らすと、より良いシンボル、コミュニケーション用として優れたシンボルといった見方はできるでしょう。

 ピクトグラムが他のシンボルとデザイン上大きく違う点は、色付き線画でなく面画という点です。ピクトグラムデザインの基本は黒地に白図です。そこに第一の長所があります。他のシンボル群とはひと目で区別も付きます。また、他の多くのシンボルは色付き線画ゆえにデザイナーの個性による部分がピクトグラムより大きく現れます。「情報」や「単純化」という視点からデザインされたピクトグラムは、それらとは大きく異なるシンボルであると言えます。

 以下に「情報」と「単純化」という視点からもう少しピクトグラムについて考えます。

● ● ●


 
 「ピクトグラムについて」のページでも述べたように、黒地に白図(または反転)は大きな長所です。これら2色の輝度差が生み出す知覚的な利点と図のデザイン性がポイントですが、さらに、意識的なデザインワークのポイントとして重要な2点があります。制作に当たって重要視していますのでここで加えておきます。


    <1> 特徴の取捨選択 → 意味「情報」の抽出

    <2> 図(線や形)の単純化  → 記号化


  <1>特徴の取捨選択:

  これは「描くものと描かない部分の選別」です。ある対象物の全てを必要な情報と捉えてしまえば写生や精密画になってしまい、結局は
写真と変わらなくなります。認知のみを目的にしたときには不要な部分があるわけです。

 引いては、ピクトグラムのデザインワークでは対象部分の取捨選択の捨の方、つまり描かないことの方が重要になります。人間の認知的な働きからは、「あ、これはあれだ」という理解(同定)のためには幾つかの限られた特徴でよいということも分かっています。その最たるものが、象の鼻のようなインデックスと呼ばれるひとつの特徴です。


<2>図(線や形)の単純化:

  これは<1>の次の段階として、図と地の境である輪郭線は直線か曲線か、水平か斜めかなどのいわば筆運びにあたります。次ページのJIS作図原則にも「自然な描写」という項目がありますが、自然物では極端な角形を用いないという原則もそのひとつです。手先などは丸く描き、違和感をもたせません。


 これら二つのステップが分かりやすいピクトグラムを産みます。 もちろん、モチーフや構図などデザイナーの個性やセンスによる異なる次元の要素はあるわけです。しかしながら、このような意識的な作業によってより分かりやすいピクトグラムになります。これらがない2色の図はピクトグラムとは呼べないでしょう。




● ● ●



 上段の「視覚コミュニケーションのシンボル」で紹介した九つのシンボルを同じ概念のPICシンボル(ピクトグラム)に置き換えてみましょう。いかがでしょうか。サイズは基本サイズ(85ピクセル)の半分(43ピクセル)ですが、これでも十分に分かります。単純化されているので小さくても分かるわけです。これは多数を必要とするコミュニケーションボードや文章表現では大きな長所となります。


シンボル、男 シンボル、女シンボル、私を・にシンボル、私シンボル、恋人

このページ上のマカトン、PCS、ブリスと同じ概念を表すPICシンボルです。
一度 学習すれば小さくしても利用可能となります。





 ● ● ●



もっと小さくした干支を並べてみたら・・・うーん、、どうかな(^^)


干支カラーピクト小




*「干支時計」なるものを作りました。指差しで時刻を伝えたり、「午の時間です。お昼ごはんにしましょう」など数字の代わりに動物の名前を使えば楽しいかも。




 ● ● ●




  上記のようなデザイン性に加えて、全世界でピクトグラムが受け入れられてきた歴史は、健常者にとっても障害児・者とのコミュニケーションに参加しやすいという状況を作り出します。健常者を「ノーマライズ」することにもつながりますね。こうした利点も考慮すると、社会性、情報性、親近性、利用対象の広さなど総合力として、ピクトグラム(PICシンボル)こそが最良のコミュニケーション用視覚シンボルではないでしょうか。コミュニケーションチャーム(ピープルデザイン研究所)はピクトグラムが使われていますが正しくこのような考えから生まれたものでしょう。


 






*・・・分かっています。:
「視覚シンボルの心理学」林 文博〔清水寛之編著(ブレーン出版)〕 p41 PICシンボルの視知覚特性





















  イディオグラムのデザイン

  ここでイディオグラム(Ideogram)についても触れておきましょう。

  PICシンボルには、記号性・抽象性の高いシンボルも含まれます。言語でいえば、形容詞や副詞などで、体言(名詞)以外の類です。下のようなシンボルがそれにあたり、イディオグラム(Ideogram)と呼ばれます。

  一般に定着している矢印の記号なども、その元になった具象物は矢ですが、→から矢を思い浮かぶ人は少ないのではないでしょうか。とりわけ知的障害をもつ子らには難しかったりします。このような、記号性の高いシンボルは高い抽象能力が求められます。

 しかし、イディオグラムは漢字の抽象性に比べれば、はるかに分かりやすく、乳幼児がが3歳ころに初めて描く図形である「〇」や、次に描く「□」「△」など、最も単純な図形を用いて制作するようにしています。またそれら組合せによる図としてデザインされています。下のイディオグラムは人を除くと、○と△および矩形(四角、長四角)やそれらの組合せのみでできています。



 

大きい
小さい
多い
少ない
中へ
外へ

 
PICシンボルのイディオグラム(ideogram)


 PICはこれらイディオグラム(Ideogram)を含むため、ピクトグラム・イディオグラムコミュニケーション(Pictogram Ideogram Communication)、ピック(PIC)と呼ばれます。

 考案者のマハラジ氏による最初のシンボルは400個あまりでした。黒地に白というピクトグラムの基本的な要件以外は、グラフィックデザインとして十分とは言えませんでしたが、PICはピクトグラムを利用するコミュニケーション方法に着眼的な素晴らしさがあり、スウェーデン他、多くの先進国で広まって来ました。

 そして、グラフィックデザインとしての基本を満たし、さらには体系的な視覚シンボルにまで高めようとしたのが次ページで紹介するJIS絵記号の規格です(このサイトではJIS絵記号原則に基づいたシンボルを公開、販売しています)。

 「PICシンボル」とひと口に言っても、国によっても様々であり、ひとつの国でも新旧があります。当オフィスでは継続性や普遍化と共通化という視点より、古いシンボルもできる限り構図を踏襲して改良がなされています。 PIC創始者のマハラジ氏は各国のシンボルを方言“ dialect” とし、お互いに流用できるようにしましたが、各国および各時代のPICシンボルはコミュニケーション用シンボルというテーマから派生した親戚のようなものです。



 ● ● ●




▼FaceBookページではピクトグラムや人工言語についてのアイディアなどさらに詳しい記事がご覧いただけます。